第二幕

開演


 Aていの大樹が自らの力で花を咲かせ、きらびやかに校舎を彩るこの季節に、厳かな式は執り行われていた。


「それでは、入学式を開会致します」


 入学式は二つの体育館で、同時に始まった。第一体育館では副会長の冷徹な声が響き、第二体育館では議長の慇懃な声が響いている。式は滞りなく進行し、第一体育館では一足先に、会長挨拶が執り行われようとしていた。

 新生徒会長・煤原すすはら いずみは、おぼつかない足取りで演台に向かった。握られた祝辞には汗が滲んでいる。いずみは踏み台に足をのせ、震える手で祝辞を広げる。緊張のしすぎか、マイクに手をぶつけた。揺れるマイクを、慌てて掴む。


「す、すみませんっ!」


 粛々とした会場に、今日初めて、ざわめきが生まれた。静寂を求めるように、ステージの脇に控えた副会長が咳払いをする。静寂を取り戻すには至らなかったが、赤面する泉を正気に戻すことはできたようだ。とはいえ、彼の緊張がほぐれたわけではない。


「あ、新しく生徒会長になりました、煤原すすはら いずみです。未熟で拙い部分も多く、皆さんに満足していただけるほど、期待に答えることはできないかもしれません。ですが」


 手が震え、声が震える。文字を追えているのが、不思議なほどだ。


「朝の挨拶を始め、校内の巡回など、生徒会の枠組みを越え、僕にできることを精一杯、行っていきたいと思っております。もちろん、生徒会長としての役目も怠ることなく、最善を尽くしてまいります」


 徐々に緊張がほどけてきたか、言葉を発するに従い声の震えは収まり始め、芯を捉え始める。その様に副会長は安堵の息を吐き、中指で眼鏡を持ち上げた。その目で、会場を見渡す。

 やけに空気が、圧迫されている気がした。

 第一体育館では特進科と英語科の入学式が行われており、新入生はもちろん、少数の保護者・在校生が出席している。後方、在校生が立ち見している場所では、校紀こうき委員会の三人が雁首揃えて、いずみの晴れ姿を見守っていた。会場全体が少し暗くなった気がして、二階の窓越しに空を見やった。雲は見受けられず、門出に相応しい晴天だった。

 副会長は会場に目を向けたまま、耳を押さえる。電波の向こうで、誰かが話していた。しかし、イヤホンを押さえても聞き取れず。もう一度話すよう促すために、マイクを口に当てた。どうした。そう聞くより先に、豪快な音をたて、前方の扉が開いた。


「なんだ」


 そこには逆光に顔を隠した一群が、大きな影を形成していた。

 ざわめきが、大きくなる。

 正義感にかられ、一人の教師が立ち上がる。式の途中だと言って追いやろうとするも、右手一つで退けられる。

 はっとして、副会長は会場を再び視線を巡らせた。扉は、言い付けていた。


「おいっ!」

「うるせぇ!」


 大声に続いて、衝突音が響く。ざわめきが一気に広がり、数名の生徒が悲鳴と共に立ち上がった。一人の新入生が一歩退き、反動で椅子が倒れる。背を向け、入り口に向かって走り出す生徒もいた。椅子に座ったまま、目を丸くして一部始終を追う生徒も。

 そのすべてに顔をニヤつかせ、教師を押し倒したライダース姿の男子生徒が、威風堂々と突き進む。向かう先は、ステージ。彼らは一丸となり、ライダース姿を先頭に、ぞろぞろと進行を開始する。その勢いに会場は圧され、椅子が擦れる音が駆け巡る。

 ライダース姿の男子生徒が、足を止めた。見上げる先では副会長が立ちはだかっていた。睨み合う二人の間に、ジャージ姿の男子生徒たちは割り込む。

 そんな不届き者たちを目に色めき立つ在校生の中で、校紀こうき委員会の三人はただ一部始終を見守っていた。


「ねえ、これって、不味いんじゃないかしら」

「そうやな」

「だからって、俺らにできることはねぇだろ」


 槇村まきむらは全てを納めようとノートPCを動かして完璧なカメラワークに注視し、西尾にしおは携帯を取り出した。ステージの下で体格の良い新入生がジャージ姿に立ち上がろうとも、副会長がジャージ姿の有象無象に眉根を寄せようとも、二人が焦る様子は微塵もない。美樹みきはひたすら、怯えるいずみを心配するばかりで、動くことはない。事態は刻一刻と深刻になっていくというのに。

 副会長はジャージ姿の波にいよいよ飲み込まれ、造られた花道をライダースは闊歩する。そのまま怯えるいずみに影を落とし、そして。


「頂いていくぜ!」


 引きちぎるように、を奪った。弾かれて、泉は盛大に尻餅をつく。遠くで見守っていた美樹みきが、息を呑む。副会長はジャージ姿に押し込められながら、左手で宙を掴んだ。舌打ちが、騒音に掻き消される。

 勢い任せに掴まれたマイクのコードが波打ち、スタンドがステージから転がり落ちる。ハウリングで、会場に静けさがもたらされた。


「これで俺が生徒会長だぁぁあああ!!」


 響き渡る宣言。雄叫びにも似た歓声。ステージ上は揺らぎ、観客と化した新入生たちは状況が飲み込めずに、呆然と事の顛末をただ眺めていた。


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